July 05, 2016

2016/07/05 22:48-

今日で娘はちょうど8ヶ月になった。
娘が自宅に来てから、約6ヶ月。(11/5に生まれてから約二ヶ月は妻の実家に居た。)

この6ヶ月は、毎日幸せで、
娘の成長とかを残しておくべきだなあ、
その時の気持ちを書いておくべきだろうなあと思いつつも、
なんだか、その時間を取らずに、というか取れずにきた気がする。

でも、今日は8ヶ月目だし、
ちょうど区切りがいいので、少しだけ書いておこう。

*****

娘は、今ではやっと寝返りができるようになった。
数週間前まではできなかったけど、ある日にできるようになってからは、
今では毎日ゴロンゴロン。
夜中も、寝ているとひっくり返って、全然違う方向を向いて寝ている。
先日なんか、朝起きてみたら、娘の布団と妻の布団の間の溝に、頭を下にして寝ていたので、息ができないんじゃないかと思って焦った。

*****

最近は、手足も良く動かすし、握力も強くなった。
足の力も強くなり、お腹をボンボン蹴られるし、
脇の下を持って支えてやると、両足で立つようになった。
まだグラグラしていることもあるけれど、最近はかなりしっかり立てるようになってきた。

*****

離乳食も数ヶ月前から始めて、
全然食べずに、妻が心配する日もあるけれど、
昨日なんかは、バリバリ食べていたらしい。

離乳食を食べる時は、いつもテーブルに手をバンバン勢いよくぶつけている。

そういえば、今は手にするもの、なんでも舐める。
自分の足の指も。

*****

いろいろと書くことはあるけれど、
一つ記しておきたいのは、
毎日の変化は、ほんの少しなんだけど、
長い目(数ヶ月単位)で見ると、かなり変わっているということ。

だから、そういう、『今の状態』というのは、
少しでもいいから、書いて残しておくことが、大事なんだろうなあと思う。

*****

さて、毎日、今は会社を定時の17:30過ぎにさっと出て、
18:30過ぎには家に帰ってきますが、
毎日、家に帰ってくると、妻と娘が迎えてくれて、本当に幸せです。

正直、仕事のやる気が最近全然ないけれど、(夏バテか。気候のせいか。それとも仕事に飽きたか)
家に帰ってくると、妻と娘がいるので、
それだけを励みに、毎日なんとか会社に行っているようなもんです。

とにかく、娘には、健康に、無事に成長してほしいと思います。

2016/7/5 22:58


shunsukesekine at 22:59コメント(0)トラックバック(0) 
My baby 

June 05, 2016

2016/06/04 8:06am LA time (2:06am Japan time)

さて、今はANAのフライトの飛行機の中。さっき4時間半ほど寝て、起きて少しレポートを書いて今に至る。

今回の出張は、まるまる一か月間だった。5/8に日本を出て、帰りは6/5。マジで長かった。
特に、今回は娘が昨年11月に生まれてから初の出張だったので、本当に長く感じました。4週間、妻も実家に帰らずずっと一人で娘の世話をしてもらい、本当に申し訳なかったと思います。
本当は妻も実家に少ししたら帰る予定でしたが、予防接種を受ける前にお腹の調子を壊してから、接種を受けられずにそれが延び、結果、ずっと自宅で過ごす事になりました。
妻には本当に申し訳なかったと思います。今回出張先で色々な人と話すたびに、”Oh my gosh, you are on your business trip for a month with 6 months old baby and your wife is alone??? “ とビックリされました。そうだよね、一か月は本当に長すぎです。もう無いように何とか調整します。
ということで、日本に帰ったら妻がなるべく休めるように、なるべくできる限り俺もしたいと思います。まずは時差ボケとこの旅の疲れが取れるようにしないと。

******

さて、通常は出張中も日記を書きますが、今回は中々書くことができなかった。
時間はあったんだろうけど、仕事をして、レポートを書いて、その他をして・・・・としている、プラス、今回の出張はやけに疲れたので、中々落ち着いて書こうとできなかった。

そんなわけで、日本に帰る前に書いとこうと思います。

******

今回の出張は、最初の1週間はブラジル(サンパウロ)、その後は2週間をアメリカ東海岸(NY、NJ,シカゴ、テネシー、インディアナポリス、ワシントンDC,フィラデルフィア等)と、5日間をカナダ・モントリオール、で、最後の2泊をカリフォルニアのLAにしました。
LAは2年ぶり(2014年7月以来)です。

今回の出張では、まず、現地の人と会えたことが本当に良かった。
フィラデルフィアでは、なんと16年ぶり、2000年の夏以来で、当時高校二年だった俺がホームステイをした家族と会う事が出来ました。
今まではフィラデルフィア近郊の顧客を毎回訪問しており、2013年の6月以来、この3年間で10回くらいこっちに来ていたものの、滞在はNJだったので、中々会いに行くこともできなかった。
だけど今回は、初のフィラデルフィア滞在。よって、仕事が終わった月曜日に、そのまま電車に乗って、ダウンタウンから20分のところにあるJenkintown(Elkins Park)にある彼らの家に会いに行きました。

今回、16年ぶりに彼らと会って、本当に、言葉になりませんでした。
正直、駅に降り立ち、「ここが、俺が16年前にいたところか」と周りを見回しながら、余り記憶も定かでは無く、そんなときに両親二人が乗る車がそこまで来てくれて、
車の中から手を振る彼らを見て、「ああ、LauraとRichだ」と。

車から降りてきた二人を見て、正直びっくりしました。なぜなら、すごく老けていたから。
当時母親のローラは41歳くらい。今は57歳。
父親のリッチは、当時48歳。今は64歳。

当時太っていたリッチは、今ではすっかり痩せてしまい、正直、病気なのかとビックリしました。聞いてみると、糖尿病になってしまい、そのせいで体重が一気に落ちたと。目の調子も悪いらしく、ほとんどサングラスに近いような眼鏡をかけていた。
あんなに恰幅の良かった、お腹の出ていたリッチが、めちゃくちゃ細くなっていて、正直怖かった。

あと、ローラも、当時は近くのアートセンターでCEOをやってバリバリ働くワーキングウーマンだったけど、今は3年前にリタイアして、自分と別の一人とでコンサルをしているとのこと。やはり彼女も老けてしまって、若々しさが無くなってしまっていた。

まあ、彼らの年齢を考えればそれは当たり前なんだろうけど、俺の中では、彼らの姿は16年前で止まっていて、なので、その現実に中々心が追い付かなかった。

彼らと駅で会った後は、そのまま車で近くのコリアンモールのようなところへ。
「You’ve been on your trip for a while so you would like to have some Asian food, right?」と。
そこで、俺はカツ丼、彼らは刺身や寿司を食べた。
この16年で、ずいぶん変わったものです。当時はアジア食といえば、中華しなかったのに。今はローラが生の刺身を「おいしいわ」と言って食べている。

*****

その後、そのモールの1階にある台湾系のカフェでお茶を飲み、彼らの家に行った。
16年ぶりに見るその家は、思っていたよりかなり小さかった。
当時、俺はその家を見て、「大きいね」なんて言っていたけど、
ホームステイブラザーのTracyは、「My house is tiny」なんて言っていて、何を言っているんだろうと思っていた。でも、今回見てみて、失礼だけど、ああ、アメリカの家にしては小さかったんだなと気づいた。
それくらい、当時の記憶と感覚は、今と違うことを感じた。
家の周りの風景とか、裏庭の様子とか。
記憶がはっきりなところもあれば、でも、ほとんどはうろ覚えで。
俺が泊まっていた部屋も見せてもらったが、思ったよりもかなり小さかった。
「ああ、ここで、Jon Bon Joviの”Staring at your window with a suitcase in my hand”を夜中に聴いて、大人になった気分でいたんだな」と。

居間の壁には、当時俺の水泳の元コーチが、Tracyのお土産用にどこからか調達してくれた浮世絵が、フレームに入れられて飾ってあった。
今見ても、かなり良いモノだった。本物の浮世絵で、きっとかなり価値があるものなんだと思う。(コーチは、当時は既に独立してバイヤーをしており、世界中の色々なものを取り扱っていた。Tracyが日本に先に来たときも、俺たちを良く色々なところへ連れて行ってくれた。焼肉屋とか。アメリカサイズはこんなもんじゃないと、ジョッキでコーラを頼んでくれたり。)

彼らのキッチン兼ダイニングのテーブルに座り、そこで当時、アイスティーを飲みながら、食事をしたり、話をしていたことを思い出す。
彼らの冷蔵庫には、いつも大量のアイスティーが入っている。今回もその香りを嗅いで、「ああこれだよ」と。匂い、および嗅覚というのは、当時の記憶をダイレクトに一気に呼び覚ます力があります。

当時、水道水は飲むなよ、お腹を壊すからと言われていて、水を飲まない様に超気を付けていたけど、ある晩、ものすごくのどが渇いて、冷蔵庫にあるアイスティーを飲み、
翌朝、リッチがアイスティーを作るのを見ていたら、水道水から思いっきりその容器に水をジャーッと入れ、そこにアイスティーのバッグを3個くらい入れて、「Ok, done!」とか言いながら冷蔵庫にしまう様子を見て、ショックを受けたことを思い出します。

*****

当時の俺は、もちろん英語は片言で、
彼らの会話の半分も理解していたか謎です。
簡単な会話は理解できたけど、”How have you been?”という言い回しすら知らず、Tracyに聞かれて、”What?”と聞き返して、ため息をつかれたのを思い出す。玄関で。
(Tracyは結構変わったヤツで、友達も少なく、当時はセラピーの様なものに通っていた。父親のリッチともいつも喧嘩して、リッチもTracyの扱いに困っていた。今は俺はTracyとfacebookでつながっており、たまーにやり取りするけど、彼がどうなったかは、分からない)

でも、彼らの生活に当時はどっぶり遣って、ローラがアート関係だったこともあり、近所に住むアーティストの集まる食事会に夜に行ったりして、そこで、意味はほぼ分からないけど、「英語」という言語の洪水にひたすら浸り、感覚で何かを得ようとしていた、あの少し心地よい、冒険心の様な感覚を今でも覚えている。

*****

特に、彼らと過ごした3週間はとても楽しく、彼らとの別れ際に、フィラデルフィア空港で、俺の横で、チェックインカウンターのお姉さんの質問を何も理解しない俺の横に立ったリッチが、その女性の質問に対して小さくうなずいたり、首を小さく横に振るのを横目で見て、「Yes, No」と答えていた俺。
その後、彼ら4人にサヨナラを言って、通路を歩いて、角を曲がって彼らの姿が見えなくなった瞬間、一気に涙があふれ出て来て、自分でも理解できずに、かなりびっくりしたこと。
その後、機内に入っても、20分くらい、ずっと涙が止まらず、トイレに行っても止まらず、
離陸になって、席に座って、隣の女性が、「大丈夫?」と声をかけてくれたことを思い出す。

そんな、俺がいかに彼らに対して感謝していたか、彼らとの時間を楽しんだかを、今回は直に、自分の言葉で伝えることができた。
彼らも、”Oh”と、内心、「え?そんなに楽しかったの?でもそんなに楽しんでくれてたなんて、驚きだけど良かったよ」という感じだったけど、
でも、伝えられてよかった。

******

彼らは、俺の前に、日本人の女の子を一人、1年間ホームステイで迎えていたけど、その後俺が3週間来て、翌年は別の日本人の男の子が3週間来たらしい。
その後、チリの女の子が半年、フランス(?)の女の子が半年など、色々と迎えたらしい。
弟のパトリックは、大学の時に、タイに1年間交換留学。
兄貴のTracyは、シカゴで大学に行き、数年滞在したあと、今はコロラドのボールドにいる。

とにかく、たくさんのことが変わってしまった。きっと、彼らも俺のことを見ると、そう思うんだろうけど(俺の人生が、高校二年の16歳のそれから、32歳の、医薬品業界で働くビジネスマンになっていて)。

今回彼らに会って思ったのは、
「人間は歳を取るんだ」ということ。
16年経てば、16歳の人間は、32歳になり、
50歳の人間は、66歳になる。

俺も16年後は、48歳になっているわけで、
それは、16歳から、32年後なわけで。

あたりまえだけど、その、「16年」という月日を、一気に感じて、
まるで、タイムマイシンに乗ったというか、
本当に、はっきり言ってショックだった。
ああ、俺も必ず、老けて行って、誰もが老けて、いずれ死ぬんだなと。

だからこそ、人生は、楽しまなきゃいけない。
何を誰に言われようと、状況がどうであろうと、
いずれ人は必ず死ぬんだし、50年後には、俺も82歳の老人になっているんだから。

自分の中では、正直16歳のころから、メンタリティーは余り変わっていないと思う。
いつまでも自分は若いと思っている。
リッチも言っていた。「I still feel like I am 16 years old!」と。「だから、今64歳?え?誰の年齢?俺の父親の年齢じゃない?それって。ああ、自分の年齢なんだ」と、気づくという。ローラもそうだって。「64歳って言ったら、自分の父親の年齢でしょ?それが、今は自分の夫の年齢なのよ。つまり、私もそれだけOldなのよ」と。

だから、本当に、人生は、なるべく可能な限り、楽しまなきゃいけないなと、本当に感じた。
特に、すぐに後悔して、過去を思い返して、もっとこうできたのではと考え、
他人の発言を気にし、気づくと、細かく、小さいスケールの人間に陥りがちな自分は。
そんな風に生きていると、きっと死ぬとき、死ぬ直前に、ものすごく、それは耐えられないほど、後悔すると思う。「俺は、限りある命を、なぜもっと楽しまかった?なぜ、他人の発言や意見を気にして、自分のやりたいようにやり切らなかった?」と。

老いは確実に来る。髪の毛は薄くなり、肌は老化し、筋肉は鍛えないと落ち、
疲れはたまりやすくなる。
何のために生きる?今自分がたまたま所属する会社のため?そこの上司のため?
そこの誰か、他人のため?
そうじゃないと思う。自分のため。自分の家族のため。妻のため。娘のため。
自分の両親のため。兄弟のため。

そういうものだと思う。

******

とにかく、色々な意味で、感動あり、ショックあり、一言では言葉にできない感情を味わった、4時間ほどだった。

******

他には、カリフォルニアで、Liの家族と、
それから、Hollywoodでは、帰る間際に、さやかさんとスティーヴと会えた。

Liとは、会うのは2014年の7月以来。
前回会ったのが2年前で、たまに会話をしていたので、余りit’s been a long timeという気はしなかったけど、
でも、当時は一人だった彼の子供のイーサンも3歳半になり、
弟のアイヴァンも、昨年生まれて、今は11か月になるところ。

イーサンは、俺が今まで見た友だちの子供の中で、一番かわいかった。
だから、彼を見て、「ああ、子供を持つっていいことかもな」と思ったことを思い出す。

ジェニファーも元気で、二人目の子も男の子で、大分疲れていたけど、
あと、リーのお母さんも、相変わらず英語はほとんど話さないけど、いつもニコニコしていて、
父親のMr. Loも、相変わらず髪の毛がふっさりして、もう66歳ということだけど、その若さにビックリした。
彼は今も、エアポートピックアップの仕事をしている。

*****

今回彼らに会って感じたのは、
やっぱり、Liも本当にいい性格をしているし、
A man with a good heartという言葉が似合うやつだなと。
それは、やっぱり、両親だと思う。
彼の両親は、二人ともとてもいい人たちだし、
しつけがしっかりしていたんだと思う。
叱るときは叱る。
楽しむときは楽しむ。
Disciplineという言葉が、しっくりくる家庭だと思う。

*****

リーとは、6/2(木)の夜と、6/3(金)の昼過ぎに会った。
夜は、彼の家で食事。
翌日は、近くのショッピングモールへ、Cheesecake factoryでパスタとチーズケーキを食べた。パスタはアメリカではじめて、おいしいなと思った。エンジェルヘアパスタ。
チーズケーキはやっぱり甘すぎ。

別れ際、ジェニファーが、俺の娘ように、フランスのキリンのおもちゃソフィーと、オートミールを二つ買ってきてくれた。
ソフィーに関しては、持っていたのをみて、「これ高いよね、日本だと30ドル以上」というと、「アメリカは20ドルよ。TARGETで売ってるよ」と。そしたら、翌日買ってきてくれれて、すごくびっくりした。ありがたかった。
実際はTAX抜きで25ドル以上らしくて、「こりゃ高級なギフトを頂いちゃって悪いね」と。リーが、「俺が払うからいいんだよ」と。「あ、ならいいや」なんて。

リーは、最近数か月前に前職を辞めたばかりで、今回俺がカリフォルニアに来れたのも、彼が前に働いていた業界が俺と同じだったから、彼が招待してくれたようなもので。
今は、彼はジェニファーの父親が運営するビジネス(ある製品を輸入してアメリカに売る商売)を始め、独立した。よって、More time for my familyと。
彼らを見ていて思った。日本では、いかに大企業に勤めるか。いかに一つの会社に長く務めるか。その会社に貢献するかだけど、
アメリカって、「企業」というものに対する執着心がないなと。
それより、いかにより多くのお金を稼ぐ機会、多く家族と時間を過ごせるか、
そういったものを軸にしているなと。

リーのお父さんもそう。
リーもそう。
アメリカ人は、転職を繰り返すことを、当たり前と思う。
もちろん、今よりも高いサラリーで、同等か高いポジションに移る事が前提だけど。

*****

リーたちにさよならしたあとは、
ハリウッドに住む、さやかさんとスティーブに会いに。
彼らは以前はロングビーチに住んでいましたが、今は去年の後半から、ハリウッド、しかもChinese Theatreからワンブロック(本当にワンブロック!歩いて1分で着いて、本当にびっくりした)に住んでおられます。

18時ごろにタクシーで着き、その後、LAXでのフライトが1:20AMなので、23:30まで一緒にハングアウトしていただいた。
最初の1時間半くらいは彼らのアパートメントのソファでいろいろ話をして、
Steveの作ってくれたラム+コークを頂きながら、
さやかさんの最近の進捗を聞き、
Steveにギターをチューニングしてもらって、結局ほとんど弾かず(ごめんねスティーヴ)、
19:30すぎに、歩いてチャイニーズシアター近辺を回り、
スイーツのお店に行き、
そこでいろいろアメリカのスケールのでかさを感じ、
思いっきり観光客ができて、なんだかものすごく楽しかった。

その後は、Pinkのホットドッグ屋に行き、
そこでものすごい量のホットドッグを食べ、
Steveはソーセージ二本とチーズとベーコン3枚だかとチリとが入ったブリトーを全部食べ、”My Stomach is not right”と車の中で言い続け(かわいそうなスティーヴ)、
その後は、Portland Oregon発祥の、最近ブームであるSalt&Strawというアイスクリーム屋に行き、
さやかさんは赤みそとナッツ(だっけ)を食べ、
スティーヴはアボカドのアイスクリーム、
俺は、そんな変わった味があるところで、結局イチゴとバニラアイスクリーム(かな?)、を頼み、でもおいしかった。
で、そのままLAXに送ってもらった。ありがたいです。

二人と会えて、色んな話ができたり、いろいろ連れて行ってもらって、本当に楽しかった。
さやかさんも今は、ハリウッドに住み、ロングビーチに住んでいた頃よりも、よりたくさんのチャンスが入ってきて、いい調子だそうです。
今はアクターは、ただオファーが来るようにアクティングだけをして待つ時代ではなく、脚本や脚色、監督等も行って行く時代だとか。そうやって自分の質や市場価値を高め、チャンスをゲットして行く。音楽でいうと、ただ提供された歌を歌うだけではなく、曲も書き自らプロデュースするのと似ています。

今回はChinese Theaterの前で、様々なハリウッドスターの手形、足形を見ましたが、
いつかさやかさんの手形足形がそこに入る日を、僕は夢見て心から応援しています。

*****

さて、今回の出張はそんなわけで、フィラデルフィアのホームステイファミリー、カリフォルニアのリーたちとさやかさん&スティーブに会え、とても楽しかった。
それだけでも、出張に行った甲斐がありました。

あとは、自分がいつもアメリカを回るときに一緒の上司がいますが、
彼が今回、(彼はカリフォルニアに着いた翌日に先に帰ったのですが)、空港でそれぞれ別のホテルに泊まっているので、そこで別れる際に、
彼から手を差し出してくれて、「今回は良く頑張った!お疲れ様!」と、握手してくれました。
3年前に初めて出張に行った際には、ちっとも認めてくれず、むしろ敵対心むき出しだった彼。事あるごとに俺の欠点を指摘し、正直彼と一緒にアメリカを回る事が本当に苦痛でしたが、1年後の2014年6月の出張で、彼に夜一緒に食べているときに、いわば彼は父親みたいな感じで、正直うざく感じるけど、そう感じるのはあなただけですよ、という事を伝えてから、心を許してくれた彼。
今では、社内でたぶん一番かわいがってくれてるんじゃないでしょうか。
まあ、一緒に過ごす時間が一番長いという事もあると思うけど。
俺も、いい意味で彼に気を使わず、結構冷たくあしらってるし。
社内の人間は、彼とまともに遣り合おうとするから、疲れて、あの人本当分かんねえわを悲鳴を上げますが、結局、いわば自分の父親のように、あまり気を使わないくらいが逆に向こうも心地いいもので。

そんなわけで、初めて彼に認められた気がして、なんだかものすごくびっくりしました。

******

さて、この日記を書き始めてから3時間経ちますが
(途中で休憩をはさみ、少し寝ましたが)
そろそろ疲れてきたので終わりに。

書いておきたいことは、

 /佑蓮∧儔修魘欧譴襪箸い事。俺は今回の出張に出る前、すごく嫌でしたが、(なぜなら自分の普段の生活パターンと一気に変わるから)、今は、やっと日本に帰れるのに、少し、怖く感じる自分もいます。それは、妻や娘と会えることを除くと、また、この1か月間通したライフスタイルと一気に変わるから。
まあ、一日日本で寝れば、一気になれるんでしょうが。

◆1か月間の出張は、余りにも長いという事。正直、2週間が良いところ。
それ以上は、家族、特に小さな子供をもつ人間にとっては、良くありません。
子どもや奥さんとの時間も減るし、それだけ、その「会社」というものに、人生を捧げているわけですから。
よって、出張に出られることはいいけれど、この長さにならないよう、今後マジで真剣に考えて、社内調整が必要。

 英語について。というか、言語について。結局は、大声で自信を持って話す事。
ブラジルにいたとき、ウェブサイトに出てきた広告で、「あなたの英語が通じない理由」みたいなのがあり、クリックすると、日本人の講師が話す内容が。
つまりは、英語は、イギリス、つまり寒い地域で生まれた言語で、子音が多いから、大きな声で話して、子音までしっかり発音しないと、相手に伝わらないということ。
日本語は一方、小さな声で話しても通じるし、むしろ大声で話すと嫌われるカルチャー。
でも、アメリカというか、英語の国は、大声で自信を持って腹から発声するだけで、はっきり言って通じるものですと。なぜならインド人や中国人は、あんなに発音が汚いけど、大声で自信があるから伝わってるでしょと。
あとは、やっぱり日本は、「白人崇拝主義」だから、白人を目の前にすると、どこかで怖気づいて、緊張するから、自分の英語に自信が無くなる。でも、他の人種や、母国語が日本語じゃない人間を前にすると、結構自信持って話せない?と。でも、自分の上司が横にいると、やっぱり緊張して話せない、みたいな。
そんなもんだなと思いました。それを見てからは、「ああ、そうだな」と思って、ブラジルでも、ポルトガル語はめっちゃ通じたし、アメリカもカナダも問題なし。まあ、こんだけ留学もして、海外営業も数年やって、英語英語と言っていること自体、たぶん俺がコンプレックスを持ってるんだろうけど。でも、言語なんてマジで通じればいいっしょ。おれの日本語だって、かなり間違ってるし、むしろ何度も聞き返されるし、みたいな。

ぁ.リフォルニアの、今回はNewport Beachのホテルに泊まりましたが、海まで歩いて行って、足を海につけて、あの、カリフォルニアの海の空気を吸って、本当に嬉しかった。日本の海と違って、塩臭くなく、砂浜もきれいで、広くて、水平線も延々と見え、人も少なく、ああ、俺ってここで2005年の夏から、2008年の春まで、3年間も過ごしたんだなと。そりゃあ良い生活を送らせてもらったなと思った。同時に。東海岸に留学したら、たぶん全く違った人生になっただろうなと。東は、歴史があり、教育水準は高いかもしれないけど、「開放感」という点で言ったら、全く違うなと。まあ、カリフォルニアが特殊かもしれませんが。そりゃあ勉強しないで日本人だけとたむろする日本人も多くなるわな、と。

そんなところでしょうか。
とにかく今回の出張の結論は、
 1か月は長すぎる。
◆/佑鷲ず歳を取る。時は流れる。そして、体が大事。今を楽しむ事。同時に、体を一番にいたわる事。体を壊しては、何もできない。マインドも大事だけど、体をフィジカリーいたわる事が、本当に大事。健全な体に、健康なマインドも宿るから。
 なんだかんだ言って、どこに行こうと、その土地で会う人が、その土地の良さを決めるという事。
ぁ‐錣Open eyesで、偏見なく、ありのままを見る事。そういった「素直さ」を持ち続ける事は、強さと賢さがないと、できない。しかし、それさえできれば、他人が気づかない事に気づけるはず。そこから人生が更に広がるかも。

そんなところです。
はい、おしまい。
あと1時間で日本に着きます。

2016/06/04 11:21am LA time(3:21am Japan time)

PS:
ちなみに、英語で言うと、さやかさんの英語はすごかった。もう、ネイティブですね。
発音もうまいし、俺は結構LとRの発音とか、THとかを余り意識せず過ごしてしまったけど、彼女はすごいですね。Siriもめっちゃ使ってるし。俺はSiriを使うと全然英語が通じない。
それと、英語って、やっぱり喉で発音するというか、日本語は頭で話す感じだけど、英語は、喉で、下の方で声を出すと、より通じる。Deep Voiceで。

あと、全てはConfidence。自信。さやかさんとスティーヴとも話したけど、Show offする事はいいことだし、それが、他人に迷惑をかけなければ良い。
どんなに体重が重くて体の大きな女性でも、自分に本物の自信を持っていれば、ものすごく魅力的である。
アメリカは、みんな自分をshow offするし、アピールするけど、
そして、日本は、自分をshow offすることは嫌われるけど、
でも、自分に自信を持つことは大事。他人に迷惑をかけず、謙虚さは持ち、
かつ、周りを嫌うのではなく、自分に心地よく生きる事。
自分が自分自身にcomfortableであれば、それは、良い。


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